| 2004-12-31 22:56 |
▼緊急援助隊チームの第2陣27人、タイに派遣
政府は31日、インドネシア・スマトラ島沖の地震と津波による被害を受けたタイに対し、国際緊急援助隊救助チームの第2陣を派遣した。第2陣は、東京消防庁職員ら27人で構成される。
民間の貨物機でヘリコプター2機を日本から現地に輸送し、安否不明者の捜索や救援活動を行う。
また、インドネシアへの国際緊急援助隊医療チーム第2陣が1日に成田空港から出発する。国際緊急援助隊医療チームはこのほか、スリランカとモルディブにも派遣されている。 - 読売新聞 -
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| 2004-12-31 22:52 |
▼ピピ島、残ったのは山と絶壁だけ…大災害から5日
強い津波に襲われたタイのプーケット近くのピピ島は、大災害から5日が経っても廃墟の状態だった。
韓国人観光客5人が行方不明となった同島は、全体が深い傷を受けていた。完全なものは島両方の山と絶壁だけ。浜辺の白砂浜と宿所は「ごみ焼却場」に近かった。
遺体発掘作業が終わるまで出入りが統制されているピピ島に、12月31日午前8時30分入るのに成功した。
到着するやいなや遺体の腐敗する悪臭が鼻先を突いた。タイ人のボランティアは「伝染病の危険があるので必ずしなさい」と言ってマスクと手袋を渡した。午前9時頃ヘリが陸地から兵士たちを乗せてきてから慌しくなった。海軍ダイバー部隊員10人余りは、海に沈んだかもしれない遺体の捜索に出ており、日本救助チーム19人も合流した。
ショベルカーで建物の残骸に埋められているかも知れない遺体を捜す軍警の間で、一部の現地人たちはテレビ、カメラ、冷蔵庫など家電製品を盗んでいた。
近くに日本人老夫婦と西洋人青年2人が目に入った。西洋人青年たちが、日本人老夫婦を案内して津波が近づいた時の状況を説明しながら、商店街密集地域の入口で「ここで娘さんが波にさらわれて消えた」と話した。瞬間、日本人お婆さんは「ユミ!」と叫んでその場で倒れた。
韓国人行方不明者を捜すことは時間が経つほど難しく見えた。
津波が襲った時間は26日午前10時10分頃。韓国人の団体観光客を乗せた遊覧船が到着してから20分が過ぎた後だった。韓国団体観光客たちはピピ島で1泊をしないため、到着直後ホテルのチェックインをする必要がなくて大部分浜辺を散歩する。このため行方不明者5人は波にさらわれて海に流された確率が一番高いというのが現地の関係者たちの話だ。
遺体発掘作業を指揮した警察ソムチャイ氏(49)は「波に流されたら韓国人行方不明者を捜すことはもっと大変だろう」とし「その上に最近捜した遺体は30度近い天気で腐敗して顔の形さえ分かりにくい」と話した。
韓国政府は、遺体確認のために去年12月30日、国立科学捜査研究所の法医官2人を派遣したのに続き、31日には警察庁所属の指紋鑑識班2人を急きょ派遣した。
一方、韓国人3人が行方不明になったとされるプーケット近くのクラビでは、119救助隊員たちが2日間作業を続けている。
- 東亜日報聞 -
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| 2004-12-31 21:56 |
▼響く「希望の鐘」…山古志復興の思い託して 新潟県中越地震
新潟県中越地震で全村避難した山古志村民が暮らす長岡市陽光台の仮設住宅に31日、ドラム缶製の鐘が登場し、本震が起きた時刻と同じ午後5時56分、鐘の音が被災地に次々と響き渡った。
「希望の鐘」と名付けられたドラム缶は、高さ約90センチ、直径約60センチ。僧侶らが、鉄パイプとシートで組み立てた即席の鐘つき堂につるして作り、村民が「山古志に帰るぞ!」などと願いを書き入れた。
夜遅くまで雪が降り続き、頭や肩に積もる雪を払いながら順番を待つ村民も。長島忠美村長と一緒に鐘を鳴らした山古志小学校1年、星野文香さん(7)は「もう地震がないようにと願ってつきました」と話していた。
ドラム缶の鐘は阪神大震災のあった1995年の大みそかにも被災地に設置されるなど、復興のシンボルとされている。 - 読売新聞 -
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| 2004-12-31 21:46 |
▼津波、第2波の方が大きかった…現地調査に住民が証言
スマトラ沖地震の巨大津波の規模や被害状況を明らかにしようと、日本とタイの合同調査団が31日、島の沿岸の測量や住民への聞き取りを始めた。
津波は2、3回も押し寄せ、最初の波より第2波の方が大きかったことがわかった。
調査団は、日本側が秋田大学の松冨英夫、高橋智幸両助教授など6人、タイ側がセリー・スパラティド・ランジット大工学部長など約10人。この日は3グループに分かれ、被害の大きかった西岸や東岸を調べた。
島西岸のカロンビーチでは、津波の高さは約3メートルに達したことが測量で判明。波打ち際から約100メートル離れたホテルの敷地内で津波に遭った女性従業員は「第1波は低い位置を流れる程度だったが、20分ほど後に、自分の背丈より高い波が襲ってきた」と証言した。
第2波の方が大きかったことについて高橋助教授は「今回のように、海底の断層が広範囲で割れて地震が起きた際に起こりうる。第2波が津波本体だったと考えられる。日本で警戒されている南海地震などでも予想される」と話している。 - 読売新聞 -
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| 2004-12-31 20:00 |
▼杉本遼平君の父と弟の遺体を確認
「お父さんの腕時計だ」--当地で奇跡的に生存していた愛知県岡崎市の岡崎小6年、杉本遼平君(12)の記憶に基づく捜索で31日、父孝幸さん(41)と弟知槻君(8)の遺体が見つかった。知槻君の遺体は、がれきの下で、孝幸さんの腕に抱きかかえられるようにして、うつ伏せに倒れていた。捜索に当たった日本の国際緊急援助隊(21人)の隊員は「遼平君の記憶は極めてしっかりしていた。途中で涙ぐむ場面もあったが、きちんと説明してくれた。立派だ」と話していた。
この日午後の捜索開始直後、同隊は同島東部にあるビーチとバンガロー群の境界付近で成人男女、子供の計3遺体を発見、収容した。孝幸さんが付けていた腕時計を遼平君が覚えていたことや外見などから、確認された。女性の遺体は、身長が明らかに母正美さん(41)よりかなり大柄で、別人と見られるという。
現場を訪れている遼平君の伯父の杉本孝裕さん(44)によると、知槻君が身につけていた水着は、黄色に青のライン、ライオンのマーク入りだった。2年前にも遼平君家族がピピ島を訪れた際、知槻君が「水着を買ってもらった」と孝裕さんに見せてくれたものだという。
孝裕さんは「孝幸は、知槻を最後まで救おうとしたのかもしれない。(同島のホテルで待機中の)遼平には『お父さんと知槻が見付かったよ、残念だったけど。お母さんはもっと探す必要がある』と伝えたい。ただ、正美さんは、まだ生きているという希望を持ちたい」と話した。
証言によると、遼平君一家は津波の襲来で、バンガローの上に逃げようとしたが、知槻君が流され、それを助けようとした孝幸さん、正美さんも相次いで波にのまれたという。 - 毎日新聞 -
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| 2004-12-31 19:48 |
▼スマトラ沖地震の津波による死者数、約12万4000人に
スマトラ沖地震で発生した津波による死者数が、約12万4000人に達した。
数字は、各国の政府および保健担当者らの報告に基づく。
以下の全ての数字は暫定値。 - ロイター -
| 国名 |
死者数 |
| バングラデシュ |
2 |
| 東アフリカ |
137 |
| インド |
10736 |
| インドネシア |
79940 |
| マレーシア |
72 |
| モルディブ |
67 |
| ミャンマー |
36 |
| スリランカ |
28508 |
| タイ |
4500 |
| 総計 |
123998 |
なお、東アフリカは、ケニア、セーシェル、ソマリア、タンザニア、マダガスカルを指す。
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| 2004-12-31 19:44 |
▼地震・津波で最大500万人に伝染病の危険…WHO
世界保健機関(WHO)は30日、インドネシア沖地震と津波による被害の影響で、適切な医療など保健サービスを受けられず伝染病の危険にさらされている被災者が300万人から500万人にのぼると発表した。
こうした被災者は現在、生活に最低限必要な清潔な飲料水や食料、避難所がない状態で、WHOは、「対応が遅れれば、感染症などによる死者が大量に発生する恐れがある」と警告、各国に早急な対策を求めた。
WHOと各国政府推計によると、負傷者は確認されただけでも既に30万人にのぼるが、インドネシア北部アチェやスリランカなど甚大な被害が出た地域では、病院など医療・保健設備が破壊され十分な治療体制がとれていない。被災地では気温30度近くで、回収されない遺体の腐敗が進んでおり、飲料水の確保が早くも深刻な問題になっている。
このため、劣悪な環境で避難生活を送る被災者の間には、下痢や呼吸器疾患のまん延や、蚊が媒介するマラリアやデング熱などの感染拡大の可能性が高まっている。
WHOは医薬品や医療器材などの必要物資の現地搬送を始めているが、危機対応担当のデビッド・ナバロ博士は「必要な資金を投入し、現場での対応を早めなければ、(感染症など)病気による死者は、地震・津波の直接被害による死者数と同じ規模にまで増える恐れがある」としている。 - 読売新聞 -
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| 2004-12-31 19:24 |
▼日本人犠牲者17人に 新たな不明者も
タイ南部・カオラックで行方が分からなくなっていた駐タイ日本大使館1等書記官の吉野貞行さん(41)と、ピピ島で不明だった愛知県岡崎市の放射線技師、杉本孝幸さん(41)親子の計3人のの死亡が31日までに確認された。これで邦人の犠牲者は17人になった。また、新たにタイ・シミラン諸島で男性が不明となっていることも分かり、毎日新聞のまとめでは津波に襲われたことが確実な日本人の安否不明者は17人。
吉野さんは、妻と長男魁人君(8)の一家3人で冬休みを利用してカオラックに来ていた。魁人君は28日に死亡が確認されている。吉野さんの遺体は損傷が激しく歯型の照合で確認された。
杉本さんと二男知槻君(8)の遺体は31日、捜索に当たっていた日本の国際緊急援助隊によって発見された。杉本さんは一家4人での旅行で津波に襲われた。遺体は無事だった長男遼平君(12)らが確認した。杉本さんの妻正美さん(41)は依然不明だ。
また、タイ・プーケット島で不明となっていたシンガポール在住で住友林業社員の寺坂正宏さん(39)一家5人のうち、フィリピン国籍の妻アイビーさん(32)が遺体で見つかった。家族で借りた車の近くで発見された。 - 毎日新聞 -
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| 2004-12-31 18:11 |
▼タイに1000万円の緊急援助物資 外務省
外務省は31日、スマトラ沖大地震で被害を受けたタイに、約1000万円相当の緊急援助物資を供与することを決めた。この日、タイ政府から届いた支援要請リストに基づき、疫病対策の医薬品、毛布、浄水器、発電機などを送る。また国際緊急援助隊救助チームの第2陣27人がタイに出発した。 - 毎日新聞 -
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| 2004-12-31 17:01 |
▼津波の死者4510人に=タイ
タイ内務省によると、スマトラ沖地震に伴う津波によるタイ南部6県の死者は31日午前現在、計4510人(うち外国人2236人)、行方不明者は6475人に上っている。 - 時事通信 -
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| 2004-12-31 17:01 |
▼DNAデータ提示、各国に要請=津波犠牲者の身元確認難航-タイ
タイのスチャイ副保健相は31日、プーケットにあるタイ政府の津波被害対策本部で各国外交団に対する説明会を開き、身元照会の際に不明者のDNAや歯型などのデータを提示するよう要請した。30度を超す高温と多湿のため、収容遺体の腐敗が進み、目視による身元確認作業が難航している。また、被災した南部6県で伝染病予防のため、衛生対策を強化する方針を明らかにした。
また、同副保健相は身元未判明の遺体について、火葬はせず、DNAなどを採取の上、コンテナに保管するか一時的に埋葬する方針を確認。現在分散している遺体安置所を各県ごとに1カ所に集約し、身元不明者の遺体や遺留品の写真、データなどを1月1日からウェブサイトで公開すると発表した。 - 時事通信 -
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| 2004-12-31 13:27 |
▼死者数は12万5000人を突破
スマトラ沖地震で発生した津波による死者数が、31日に12万5000人を上回った。
数百万人の被災者が食糧や清潔な水を求める一方、新たな津波が発生するとの根強いうわさを受けて、大勢が内陸部に避難している。
人道支援団体は、今回の救援活動が史上最大規模になると予想しているものの、壊滅状態にあるインフラが障害となり、インド洋周辺でさらに死者が増加する可能性を指摘している。
被災地では、欧州からの旅行客を中心に外国人5000人近くが依然として行方不明となっているが、生存の可能性は低下している。 - ロイター -
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| 2004-12-31 13:04 |
▼スマトラ沖地震で義援金 トヨタ、イオン、東芝
トヨタ自動車は二十七日、スマトラ沖地震を受け、三千万円の義援金を送ることを決めた。送り先は日本赤十字社に二千万円、国際人道支援機関のジャパンプラットフォームに一千万円。
トヨタはインドネシアやタイなどに生産拠点があり、今秋からはこれらの拠点で新興市場向け戦略車「IMV」の生産を始めている。
大手スーパーのイオンと東芝も寄付を発表。イオンはグループ各社の店頭で、緊急募金を二十八日から来年一月十六日まで実施する。
イオンはグループ二十七社で構成する社会貢献活動組織のイオン1%クラブが、タイ大使館とマレーシア大使館に対し二十八日付で緊急支援金としてそれぞれ一千万円ずつ寄付する。
東芝はインドネシアに一千万円、タイ、マレーシア、インド、スリランカの四カ国に計千二百万円を寄付する。今後、各国の東芝現地法人による追加的支援も検討する。 - 中日新聞 -
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| 2004-12-31 12:25 |
▼駐在員の妻の遺体確認 残る家族4人は依然不明
タイのプーケット方面に旅行に出たまま、スマトラ沖地震後に連絡が取れなくなってる住友林業シンガポール駐在員寺坂正宏さん(39)とその家族計5人のうち、妻アイビーさん(32)の遺体が、親族らにより確認されたことが31日、同社の話で分かった。
残る家族の安否は分かっておらず、一家が津波に巻き込まれた可能性が強まった。
同社によると、アイビーさんはフィリピン出身。同社社員とアイビーさんの姉が30日午後、遺体安置所で身元を確認した。
正宏さんらはクリスマス休暇を取り、24-27日の予定でプーケットに出掛け、26日はプーケットからレンタカーでカオラックに向かっていた。28日に道路脇でレンタカーが発見され、正宏さんの所持品が見つかっていた。 - 共同通信 -
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| 2004-12-31 12:03 |
▼ヘリ部隊本隊、タイ被災地へ-成田
インドネシア・スマトラ島沖で起きた地震による津波被害の救助に当たるため、国際緊急援助隊のヘリ部隊本隊の一行27人が31日午前、成田空港から被災地のタイ・プーケット島に向け出発した。
ヘリ部隊本隊は東京消防庁、大阪市消防局のパイロット、整備士らで構成。31日夜に現地入りし、行方不明者の捜索・救助活動、医薬品など物資輸送の任務に当たる。 - 時事通信 -
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| 2004-12-31 11:16 |
▼橋本助教授らタイに出発 歯型鑑定で邦人の身元確認
スマトラ沖地震による津波などの犠牲になった日本人について、歯型鑑定などによる遺体の身元確認に協力するため、東京歯科大の橋本正次助教授(法人類学)と坂英樹講師が31日、成田空港発のタイ航空機でタイに向けて出発した。
26日の地震発生から時間が経過し、遺体の傷みが激しく身元確認が困難なケースが出ているため、外務省が派遣。日本人の犠牲者が相次いでいるプーケットで外務省の連絡調整事務所に詰め、家族らが歯型照合などを希望する場合に協力する。
橋本助教授は空港で「家族から聞き取った身体的特徴や歯型など、いろいろな方法で鑑定する。日本人被害者全員の身元を確認して帰ってきたい」と述べた。 - 共同通信 -
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| 2004-12-31 10:31 |
▼日本援助隊、タイで活動開始
大津波による被災者捜索支援のため、タイ入りした日本の「国際緊急援助隊」救助チーム(団長、石榑利光・外務省福利厚生室長、計49人)は30日朝、タイで最大の被害を出したパンガ県に陸路入り、高級リゾート地カオラック地区の救援活動を開始した。ただ、同日午後、インド政府が津波警報を発令したため、大事を取って部隊が作業を中断、撤収するという緊張の場面もあった。
同チームは警視庁15人、東京消防庁、海上保安庁各13人と外務省などの専門家で構成。チームはこの日、同地区の救援基地となっているバーンムアン村を訪問。天然資源環境省のソムサック森林保護局長から「これまでに105人の遺体を見つけた。住民と観光客で計3000人はいるため、行方不明者が多数とみられる。日本には周辺3カ村を担当してほしい。今も漁船に人が閉じ込められている場所もある」などと説明を受けた。
その後、同村内の被災地を視察した上、救援基地から15分ほど離れたナムケム村で作業開始。漁船が陸上に3隻以上乗り上げていたほか、民家が20メートル以上流されるなどの惨状だった。漂う異臭の中、隊員たちは黙々とがれきの下からの不明者捜索作業を行っていた。
救助責任者で、東京消防庁の相田紀夫警防部副参事は「すさまじいの一言。津波被害で活動するのは初めてだが、地震と違い、すべての民家に被害が出ているのにあぜんとする。生存者の居場所の見当が付かないため片っ端からローラー作戦を実施するしかない」。ただ、足場の悪い地域も多く、削岩機など部隊のハイテク装備がなかなか使いにくいと話す隊員もいた。 - 毎日新聞 -
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| 2004-12-31 10:31 |
▼日本人ツアーの遺族、遺体と対面 コロンボ
スマトラ沖大地震でスリランカのヤラ国立公園内でインド洋大津波に巻き込まれ、死亡、行方不明になった日本人ツアー参加者の家族17人が30日、コロンボ入りした。このうちツアーの他のメンバーによってすでに死亡が確認されている7人の家族が同日、コロンボ市内で遺体と対面。29日に一足先に到着した1家族が確認した1人を含め、遺体の見つかった8人の身元が家族によって確認された。
家族一行は30日未明にコロンボ空港に到着。午後1時半ごろ、津波の犠牲になった外国人数十人の遺体が安置されている市内の葬祭施設で、遺体との対面に臨んだ。
同行したツアーの主催者の「大陸旅遊」(本社・東京都新宿区)の谷奥徹男社長によると、ツアー参加者のひつぎの周りには白い花が飾られ、遺族は線香を供えて遺体に語りかけ、すすり泣きの声も漏れた。コロンボ到着後も「顔を見るまではわからない」と生存にいちるの望みを託した家族もいたが、対面後は遺体が別人であると訴えた家族はなかったという。
ツアー参加者は東京に本部があるヨガ研究サークル「中心感覚研究会」メンバー19人と、大陸旅遊の添乗員の計20人。うち8人が生存、8人の死亡が確認。残る4人は依然行方不明のままだ。
谷奥社長によると、スリランカ当局から「日本人の可能性のある遺体がある」との情報が何件か寄せられているが、現時点で行方不明者との関連は不明。家族からは「現地のヤラ国立公園へ向かいたい」との要望も寄せられているという。
一方、生存者8人のうちの3人は打撲などのけがでコロンボ市内の病院に入院していたが、29日までに2人が退院した。 - 毎日新聞 -
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| 2004-12-31 09:45 |
▼日米など4カ国と緊急会合 津波被害援助で国連総長
国連のアナン事務総長は30日、ニューヨークの国連本部でスマトラ沖地震による津波被害をめぐり、救援・復興活動の中心となっている日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国の国連大使らと緊急会合を開いた。米国からはパウエル国務長官がワシントンからテレビ会議システムを使って参加した。
事務総長は同日、被災国12カ国の国連大使や非政府組織(NGO)代表らとも会談。同地震後初めて援助の指揮を執り、国連の救援活動をさらに活発化させる。
事務総長は会合後の記者会見で、30日現在の死者が少なくとも約11万5000人、負傷者は50万人に達し、緊急援助を必要とする人は500万人に上ると指摘。1月6日に国連の支援要請としては史上最高額となる緊急援助アピールを発表する意向を表明した。 - 共同通信 -
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| 2004-12-31 02:35 |
▼史上最大の救援態勢 60カ国から230億円
日米豪印、長期復興も視野
インド洋大津波の被災地救援に向け、米国が日本、オーストラリア、インドと「中核(コア)グループ」を立ち上げたのをはじめ、これまで五十-六十カ国が二億二千万ドル(約二百三十億円)の支援を表明、遅まきながら“史上最大の救援態勢”は整おうとしている。国際社会が今回のように史上最大規模になりそうで、しかも多数の国にまたがる自然災害の救援に乗り出すのは初めてで、国連と米国が協調できるかなど課題は少なくない。(ワシントン 樫山幸夫、ニューヨーク 長戸雅子)
ブッシュ米大統領は二十九日、クリスマス休暇先のテキサス州クロフォードで記者会見し、大津波の被災地救援のため、米国に日本、豪州、インドを加えた四カ国による「中核グループ」を創設する意向を表明した。
これを受け、グロスマン米国務次官(政治担当)は二十九日午前、日豪印の三カ国の大使と電話で協議し、同日夜(日本時間三十日午後)には、三カ国の担当者が電話会議を開いて今後の協力について意見交換した。
同次官は記者会見で、「四カ国は地理、能力からみて迅速に対応することが可能だ」と、現実的な側面から四カ国に絞り込んだことを説明し、とりあえず「緊急の救援活動」について各国間で協力し、調整するのが目的である点を強調した。
大統領は「中核グループ」について、緊急人道支援だけでなく長期の復興、再建協力をも目的にするとしており、この支援態勢は長期にわたり機能する可能性もある。
今回の態勢構築はパウエル国務長官が二十八日に大統領に進言、長官は直ちに日豪印三カ国外相と電話協議して構想を伝え各国の賛同を得た。
ブッシュ米政権は、今回の大津波を世界の安全保障にかかわる深刻な問題ととらえ、率先して救援態勢を組むことが急務だとの判断に立った。
グロスマン次官は他の諸国の参加によるグループ拡大の可能性も指摘しており、さしあたって欧州連合(EU)などが期待されている。米国は国連など国際機関とも積極的に連携するという。国連のエグランド人道問題調整官は二十九日、「中核グループ」創設について、「われわれの活動を補完するものとなる」と、国連の救援活動に支障はないとの考えを示し、米国などと協力していく意向を表明した。
国連は今後半年間に必要な援助額を推計、一月六日に発表、アナン事務総長が演説で国際社会に協力を要請する方針。
事務総長は年末の休暇を切り上げてニューヨークへ戻り、三十日には国連本部で、インドネシアやタイなど被災九カ国の国連大使らと今後の対策や援助額を話し合う。
だが、死者が出た被災地は東アフリカ地域も含め十一カ国と広範囲に及び、インドネシアやスリランカでは紛争も絡んで正確な被災状況がつかめていないのが実情だ。
同調整官も「(被災地の)不満は高まるだろう」と漏らすように、国際社会の対応が後手に回っている感は否めない。さらに、同調整官は災害直後、先進国の支援額が不十分だと批判、米国と国連との間からは不協和音も聞こえてくる。
米国は国連との重複支援をなくすためにも多国間態勢の構築を目指すとしているが、イラク問題への対応にもみられるように、米国と国連との協力態勢はうまくいっているとは言い難く、今回の事態に対しても協調できるかどうか不透明だ。 - 産経新聞 -
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| 2004-12-31 02:19 |
▼「殺人津波」の猛威実感 スマトラ沖地震 プーケットルポ
「アンダマン海の真珠」と言われるタイ南部のリゾート地・プーケット島。世界各地から年間四百万人もの観光客を引き寄せる海は、陽光を浴びてエメラルドグリーンに輝いていた。わずか四日前、あの「殺人津波」を生んだのは、同じこの海なのか。遺体捜索と復興が続く一方で、徐々に日常を取り戻しつつあるプーケット周辺を三十日歩いた。
▼「今日6人目だ」
タイ国内でも最大の被害者を出したカオラックビーチ。プーケット北部の新興リゾート地として、日本人観光客も増えつつある。中心部に近づくと、道路沿いの光景が“工事現場”に変わった。残る建物は三階建て以上だけ。後はすべてががれきと泥しかない。
人だかりが見えた。がれきに立つ数人の救助隊が「いたぞ」と大声を上げた。マスクをして近づくと、欧米人らしい男性の遺体が見つかった瞬間だった。海岸から約三百メートル。海を背に泳ぐような格好の男性は、津波から必死で逃げようとしたのだろう。近くでは、タイの民間団体らしい救助隊員五―六人が、白い布で覆った遺体を車に積み込んでいた。重みで車体が沈み込んだ。「この車には五体。今日だけで六人目だ。タイ人一人と台湾人、あとは分からないよ」。隊員の一人はそう言った。
▼写真を手に捜索
男性が近づいてきた。地元に住む「空港職員のワンポット(49)」と名乗った。一枚の写真に写る、五十四歳の姉を捜しているという。救助隊一人ひとりに写真を見せて、身体の特徴を告げたが、だれも首を縦に振らなかった。「昔、カナダに住んでいたころの友達と一緒に、姉は毎年カオラックに来てたんだ。その友達の遺体は昨日、見つけたんだが…」。マスク姿のワンポットさんの目が潤んでいた。
しばらく行くと、海岸から約三キロほどの広場に、野ざらしのままの遺体置き場があった。百体はあろうか。写真を撮ろうとしたら、あまりに強烈な死臭でのどが痛くなり、吐きそうになった。かつての新型肺炎(SARS)騒動の際に、支局に配備された分厚いマスクだったが、役に立たず、走って風上に逃げた。
ふと山手の方を見ると、小高い丘のふもとに軍の警備艇らしい船がたたずんでいた。海からは三キロ以上。時速八百キロともいわれる津波のエネルギーを想像できた。
▼いつもより閑散
プーケットに戻り、ビーチを回った。高級ホテルが並ぶパトンビーチやその南カロンビーチには、観光客が海辺でたわむれる日常があった。海岸から少し入ると、全壊した車やがれきの山が残るが、観光客が行き交う海辺の通りは、八割が開業していた。
さらに南のカタビーチを歩く。日本人がいない。十分ほどでやっと山梨県からの旅行客と会えた。水着姿の会社員(37)夫妻は子ども二人と両親とともに、津波翌日の二十七日に到着した。
「プーケットは今年で四回目。連絡したら大丈夫って言うし、怖かったけど来ました。でも、さすがにいつもよりビーチは閑散としてますね」
見渡すと、周囲はすべて欧米人。津波発生で日本人はほとんどが帰国、その後も予約客のキャンセルが続いた。「ここにいると何だか、白い目で見られてるようで。でも、地元の人も『日本からの観光客が来てくれることが一番の復旧の近道だ』って言ってましたよ」。妻はそう言った。
▼年末年始返上で
この日の朝、宿泊先のホテルで日本からの医療救援隊に会った。鹿児島市の医療法人・徳洲会の新井英和医師(50)を団長に、大阪や関東など九人の外科医たち。二十七日に現地入りしたが、この日は最も被害者が多いカオラックビーチの北部約三十キロのタクアパーに、大半の医師が移動するところだった。
タクアパーの病院にはこれまで、津波に巻き込まれた千人近くが骨折などで運び込まれ、日本人数十人も治療を受けたという。だが、骨折によるけがが化膿(かのう)して、骨折の手術も難しくなるなど、簡単な措置もできていないケースも多い。一行は、年末年始返上で約三週間、現地に滞在する予定だ。
「じゃ、行って来ます」と背を向けた新井さんに、「ホテルは?」と聞くと、「いや、どこかに雑魚寝です。もともとそれも仕事の一つですから」と笑った。
■安否めぐり外務省迷走 柿木さん家族確認前に死亡発表
スマトラ沖地震による津波で犠牲となった柿木(かきのき)奈緒子さん(27)の安否をめぐり、十分な根拠もないまま「死亡」と発表したり、家族の遺体確認に職員が同行しないなど、外務省の対応が迷走。今後の安否調査の在り方に課題を残した。
外務省海外邦人安全課によると、同省が柿木さん死亡の情報を得て「邦人女性の死亡が確認された」と発表したのは二十八日未明。「柿木さんの写真に似た遺体をプーケットの病院安置所で見つけた」とする日本人添乗員の話が根拠だった。
同日夜、添乗員の案内でこの遺体を見た柿木さんの両親が「娘とは別人」と説明。状況は一変した。しかし、外務省は「法医学鑑定で柿木さんと確認される可能性もある」として邦人の死者数を変更しなかった。
両親は「病院にはほかにも日本人の遺体がある」と知らされて二十九日に再度訪れ、柿木さんの遺体を確認した。現地の大使館員は当初これに同行せず、柿木さんの歯型資料を取り寄せる仕事をしていた。両親と一緒にいた関係者の連絡で、病院に駆け付けたという。
海外邦人安全課の八幡富美雄課長は「ご家族が遺体を本人と確認していない段階で『死亡確認』と発表したのは軽率だった。深く反省する」と釈明。病院に同行しなかったことについては「もっと配慮するべきだと批判されても仕方がない」と話している。 - 西日本新聞 -
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| 2004-12-31 01:01 |
▼スマトラ沖地震で33人の死亡確認、千人以上不明=独
ドイツ外務省高官は30日、スマトラ島沖で発生した地震と津波で、タイとスリランカでドイツ人計33人の死亡が確認され、依然1000人以上が行方不明であることを明らかにした。 - 時事通信 -
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| 2004-12-31 00:33 |
▼吉野書記官の遺体確認 死者12万人超す
インドネシアのスマトラ沖大地震による津波被害で、タイ・カオラックで行方が分からなくなっていた駐タイ日本大使館1等書記官の吉野貞行さん(41)の死亡が30日、確認された。これで邦人の犠牲者は15人になった。ロイター通信などがまとめた各国政府発表によると、死者数は11カ国で計12万4313人に達している。
吉野さんは、妻と長男魁人君(8)の一家3人で冬休みを利用してカオラックに来ていた。魁人君は28日に死亡が確認されている。吉野さんの遺体は損傷が激しく歯型の照合で確認された。
毎日新聞のまとめでは、津波に襲われたことが確実な日本人の安否不明者は18人。タイ・プーケット島に来ていたシンガポール在住で住友林業社員の寺坂正宏さん(39)一家5人のうち、フィリピン国籍の妻アイビーさん(32)が30日、遺体で見つかった。家族で借りた車の近くで発見された。
旅行代理店「大陸旅遊」(東京都新宿区)が企画したツアーに参加し、スリランカで遺体で見つかった8人について、現地入りした家族らが30日、本人と最終確認した。
また、外務省は邦人犠牲者の身元確認のため、法人類学者2人をタイ・プーケット島に派遣することを決めた。31日に出発する。 - 毎日新聞 -
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