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§インドネシアのスマトラ沖地震 13日目

2005-01-07 23:53

▼EU、被災児受け入れ検討 数カ月間、EU加盟国内に

ローマからの報道によると、欧州連合(EU)欧州委員会のフラティニ副委員長は7日付のイタリア紙レプブリカとのインタビューで、スマトラ沖地震で両親や家などを失った被災各国の子供を復興のめどがつくまでの数カ月間、EU加盟国内に受け入れることを検討していることを明らかにした。
 副委員長は、域内には数千の家庭が子供たちを受け入れてもいいと話しており、子供たちを人身売買の危険から救うのにも効果的だと語った。  しかし、実施には法改正が必要で、修正案をEU法相・内相理事会に提案したという。 - 共同通信 -

2005-01-07 22:11

▼ANAとJAL、無償で輸送協力

スマトラ沖大地震の復興支援に協力するため、ANAとJALは7日、日本赤十字社や日本政府、自治体などの被災地への救援物資について無償で空輸すると発表した。ANAは当面同日~来月28日までの間で、政府など公的機関の医療などの支援者の無償輸送も検討。JALは12日~3月31日まで実施する。 - 毎日新聞 -

2005-01-07 22:01

▼空自輸送機、タイ到着=スマトラ沖地震で空輸支援

インドネシア・スマトラ沖地震・津波被害の救援・復興支援に当たる航空自衛隊のC130輸送機は7日午後7時40分(現地時間同5時40分)、空自の国際緊急援助隊員約40人を乗せ、タイ海軍のウタパオ基地に到着した。 - 時事通信 -

2005-01-07 13:59

▼兄妹で津波の犠牲に…横浜の小学校、朝会で悲報伝える

タイ・プーケット島で津波に遭った横浜市青葉区、会社員大島多麻樹さんの長男、同市立あざみ野第1小3年、快君(9)と、4月に同校に入学予定だった長女、更ちゃん(6)の悲報を伝える臨時の朝会が7日、同校体育館で行われた。
 約760人の児童を前に、梶原憲司校長は、快君と更ちゃんが津波に巻き込まれたことを報告。「明るく、活発で、元気に遊んでいた快君。もう話すことも、一緒に勉強することも何もできない。本当に残念です。みんなも、1つしかない自分の命を大切にしてほしい」と話し、2人の冥福(めいふく)を祈って全校で黙とうをささげた。 - 読売新聞 -

2005-01-07 13:43

▼死者数は約16万5000人に

AP通信によると、インドネシア政府は7日、インド洋大津波による同国の死者が約1万9000人増え、11万3306人になると発表した。これで津波による死者数は約16万5000人になった。 - 毎日新聞 -

2005-01-07 12:02

▼杉本遼平君が叔父に付き添われ帰国

タイ南部の観光地・ピピ島でインド洋大津波に巻き込まれ奇跡的に助かった愛知県岡崎市若松町の同市立岡崎小6年、杉本遼平君(12)が7日午前、叔父の孝治さん(28)に伴われ名古屋空港に到着した。
 杉本君の父親で放射線技師の孝幸さん(41)と弟の知槻君(8)=同2年=の遺体は昨年12月31日、日本の国際緊急援助隊に発見されたが、母親正美さん(41)の安否は不明のまま。父弟の遺骨は8日、孝幸さんの兄孝裕さん(44)らが持ち帰ることになっている。
 飛行機が到着して約1時間後に到着口に現れた遼平君は終始うつむいたまま。問いかける報道陣に親せきが「質問はやめてください」と遼平君をかばうようにして足早に空港を後にした。学校を含め遼平君が今後どうするかはまだ決まっていないという。
 遼平君は一家4人で、昨年12月23日に日本を出国しタイ・ピピ島で冬休みを過ごしていた。 - 毎日新聞 -

2005-01-07 11:30

▼安否不明者の家族ら 傷心のまま帰国

最愛の娘や妻、仲間との再会はなかなか果たせない。スマトラ沖大地震による津波から間もなく2週間。収容された遺体の損傷は激しく、DNA鑑定が頼りとなる身元の確認作業は長期化が避けられなくなってきた。いまだ安否が分からない人たちの家族や友人は傷心のまま現地を後にしている。【川上晃弘、石田宗久、大平誠】
 ■髪の毛を携え
 「新しい情報がなかった。娘は今どこにいるのか」。タイ・カオラックで行方不明となっている出版社社員の西川浩子さん(38)=東京都豊島区=を捜すため、現地に滞在し5日帰国した父享さん(73)は、品川区内の自宅で肩を落とした。
 浩子さんは同僚の社員とともに先月25日から休暇でカオラックを訪れていた。享さんが浩子さんの妹と現地に入ったのは今月1日。外務省のアドバイスもあり、DNA鑑定のため、自宅の掃除機の中にあった浩子さんの髪の毛などを携えていた。生存へのわずかな希望は持っていた。しかし、浩子さんが滞在していたコテージは建物ごと流され、土台が残るだけだった。
 何とか手がかりをつかもうと、プーケットの日本人会に出向き、顔写真を渡して情報を求めた。カオラックでは、遺体が安置されている寺を回り、入り口に張り出された数百枚の遺体の写真を見続けた。
 遺体は損傷が激しく判別は難しかったが、浩子さんと似た写真が一枚だけあった。だが、確認すると、まったくの別人であることがすぐに分かった。結局、持ち帰ったのは、コテージの洗面台付近に落ちていた5センチほどのガラス片だけ。享さんは「何も残さなかった娘の生きた証しとして保管するつもりです」と話した。
 ■納得できぬまま
 カオラックへの家族旅行で被災した福岡市のイタリア人の会社社長、アルド・トレリさん(47)は6日、長男のルカ佑樹さん(14)とともに帰国した。妻恵子さん(43)と長女の令亜ディーナさん(13)、姉グラッツィアさん(52)の行方は分かっていない。
 トレリさんは現地に駆けつけた恵子さんの両親と、プーケットの病院や日本人会事務所、遺体安置所を訪ね歩いた。遺体確認ができるよう毛髪を残してきたという恵子さんの父親(70)は「今は観光客であふれている所もある。なぜ、そんな場所で娘が波にさらわれてしまったのか納得できない」と悔しさを募らせる。
 ■同僚らも協力
 ピピ島で行方不明になった中部電力社員、市川健さん(34)=名古屋市=のバンコクに駐在する同僚らは先月29日から市川さんの写真を手に救援センターなどを回った。しかし、今月2日、日本の国際緊急援助隊が同島での捜索を打ち切ったのを機に、バンコクに戻った。同社広報部は「必要に応じて現地への派遣社員の増員も考えている。何とか無事でいてほしい」といちるの望みに懸けている。
 ■救援センターも人かげまばらに
 【タイ・プーケット澤圭一郎】津波のあった26日の夜に、プーケット島の県庁内に開設された救援センターの日本ブースには、年末までに約50人が情報を求めて集まったが、今は訪ねてくる家族らもほとんどいない。また、タイの日本大使館も向かいのホテルに臨時事務所を設置して家族らのサポートに当たっているが、訪れるのは3、4組だけだ。 同事務所は、帰国する家族には、安否不明者の髪の毛や歯型などを残してもらい、DNA鑑定の結果を待つよう説明している。結果は早くて数週間、長ければ数カ月かかるという。 - 毎日新聞 -

2005-01-07 11:03

▼邦人安否未確認247人に 外務省

外務省は7日、スマトラ沖地震で外務省や在外公館に安否照会があった3315人のうち、連絡が取れていない日本人は6日夜現在で247人になったことを明らかにした。6日発表(5日夜現在)の安否未確認は432人だった。  被災地を旅行していたとみられる人はタイ・プーケット周辺が80人台、スリランカ10人台、モルディブ10人未満という。  在留邦人の未確認はプーケット周辺の3人のみとなった。 - 共同通信 -

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